包括的感染症情報システムの構築に関する研究

海外渡航者への予防接種について 結果報告

鈴木 大輔1) 、小池 麒一郎 2)
菊池 均1), 佐野 友昭1) 、石井 俊也1), 吉岡 歩1)
奥沢 英一3), 鈴木 良平4) 、小坂 健5)

1) 成田空港検疫所、 2) 日本医師会、 3) 海外勤務者健康管理センター
4) 外務省診療所   5) 感染症研究所感染症情報センター

 本研究では、1922カ所の既知の予防接種実施機関に対し、渡航者向けの予防接種実施に関するアンケートによる調査を行いました。有効回答が1106機関から得られ、渡航者向けに接種可能と回答のあった医療機関は738機関でした。公開の了解を得られた機関についてはホームページ(http://www.forth.go.jp)に掲載しました。

【 緒 言 】

 海外渡航者が予防接種を行おうとしたとき、どのワクチンを接種したらよく、どこで接種できるかの情報の入手は必ずしも容易ではありまえせん。これは、海外渡航者の接種相談に応じることのできる医療機関が限られていること、どの医療機関でワクチンを取り扱っているかがわかりにくいこと、医療機関によって取り扱えるワクチンが異なること、などによります。

 予防接種の状況を改善する行政的な動きとしては、医療における情報提供の推進として、広告規制を緩和し、予防接種(種別)の広告を認める方向で検討されています。これが実現すれば、医療機関がワクチン接種を標榜することが可能になり、旅行者は予防接種機関の検索が容易になると考えられます。

 また、予防接種対策として、予防接種センター機能推進事業として都道府県に1カ所ずつ予防接種センターを整備することを目標に平成12年度から予算が計上されています。これにより、アレルギーや持病のある渡航者、高齢者への接種など、一次医療機関での接種の判断が難しい渡航者への対応が可能になると考えられます。

 これらの対策が実現されれば、ワクチンを接種するための環境は大きく改善されると期待されますが、当面、時間がかかる事が予想されます。

 本研究では、渡航者の予防接種相談に応じる資料とするため、既知の予防接種機関に対し渡航者の相談の可否、同時接種の可否、ワクチンの常備状況に関するアンケート調査を行い、リストにまとめました。

 なお、今回のアンケートは全医療機関に対する調査ではないので、掲載医療機関以外にも多数の接種機関が存在すると思われます。相談の際には注意が必要です。

【 方 法 】

 予防接種実施機関は表1のリストを使用し、往復はがきによるアンケートで行いました。内容を図1に示します。平成12年2月17日に投函しました。アンケートの実施に際しては日本医師会より全国医師会を通じアンケートへの協力を依頼しました。

リスト名

作成

作成年

予防接種機関リスト

検疫所

1992

予防接種研究班アンケート調査

予防接種研究班

1994

海外旅行をされるみなさんへ

埼玉県衛生部

1998

労災病院一覧

   

表1. 調査を行ったワクチン接種機関

図1. アンケート内容

 各設問の意図については、渡航者向け接種の可否の設問は、たとえば企業の診療所など、社員にのみ接種対象としている機関を除外し、一般渡航者が受診可能かどうかを問うためのものです。

 同時接種の可否については、渡航者の多くは渡航までの期間が短く、推奨するワクチンを接種するためには同時接種が不可避な場合の対応のための設問です。国際的には同時接種は日常的に行われており、また、平成6年の予防接種法の改正により日本でも複数ワクチンの同時接種を医師の判断で行うことができるようになりましたが、実際には同時接種を行わない医療機関も多いための調査項目です。

 渡航者の相談可否に関する設問は、旅行者の相談に応じられるかどうかを問い、渡航者の相談に応じる余裕のない医療機関の場合には検疫所などの相談機関で事前に接種するワクチンを決めてから受診することで対応できます。

 取り扱いワクチンについては、渡航者の需要の多いワクチンとしてA型肝炎、破傷風、日本脳炎、狂犬病、麻疹、ポリオ、BCGを、国内で取り扱っていないワクチンとして、腸チフスを設問に入れました。回答方法としては、常備、取寄、不可からの選択としました。過去の調査ではワクチンの常備を問う物が主でしたが、渡航までに時間がある渡航者にとってはワクチンを常備している遠方の医療機関より、ワクチンを取り寄せることができる近隣の医療機関の方が便利なことがあるための設問です。なお、製薬会社がそのワクチンを持っているかどうかについては今回のアンケートでは問いませんでした。製薬会社からの供給体制によっては、医療機関が取り寄せ可能とあっても、入手できることを保証するものではありません。

 ポリオワクチンとBCGは、日本では少人数用のアンプルが市販されていないため、個別接種に対応することができる医療機関は限られているための設問です。

 腸チフスワクチンは、日本では認可されていませんが、国際的には途上国、特に低開発国への渡航に際しては推奨されるワクチンとして広く使用されています。ワクチンを個別に輸入して接種することができるかどうかを問う設問として用意しました。

【 結 果 と 考 察 】

 アンケート送付1922件中、有効回答数は1106件で、渡航者向けの接種が可能であったのは738件でした。

 得られた回答のうち、公開可能と回答のあった医療機関のリストを巻末に掲載しました。また、厚生省検疫所のホームページ(http://www.forth.go.jp)に掲載しました。住所やワクチンによる検索を行うことができます。

 回答に際し、欄外に回答者からのコメントが寄せられました。

 狂犬病ワクチンについては、「取り寄せによる入手が可能で有れば接種するが、県内に在庫が無い」との指摘がありました。今回は、医療機関側に対する調査を目的にしたため、「取寄」として扱いました。

 腸チフスワクチンについては、「取寄」と回答された医療機関に電話で問い合わせたところ、取り寄せ不可との回答が得られました。常備している機関はインターナショナルクリニック1か所のみだったためリストからは除外してあります。

 国内で認可されておらず渡航者が必要とされるワクチンは腸チフス、髄膜炎菌性髄膜炎、ダニ脳炎などがあり、諸外国では渡航の際に流行地へ渡航する場合には接種が勧められています。これらのワクチンは通産省の「医薬品類の輸入割当公表」の中に、「治験用のもの及び黄熱ワクチンを除くヒト用のワクチン」として「厚生省健康制作局経済課」に申請・承認を受けることで輸入することが可能です4)。しかし、実際に接種可能な医療機関はきわめてまれで、本調査でも常備しているのは、在日外国人向けの1機関のみでした。

 このため、流行地に滞在する渡航者が接種しようとすると、渡航先で接種せざるを得ません。しかし、言葉の壁の問題や、低開発国ではワクチンのコールドチェーンに問題がある場合や、注射器の安全性の問題から、海外での接種を安易に勧められません。これらのワクチンの認可と市販が望まれます。

【 謝 辞 】

 本研究に際し、アンケートにご協力いただきました医療機関の方々に深謝いたします。


予防接種機関リストメンテナンス担当:菊池 均
 成田空港検疫所検疫課 千葉県成田市古込1−1 成田空港2PTB2F 
  電話:0476-34-2310 FAX: 0476-34-2314 E-mail : info-nrt@forth.go.jp


参考文献

  1. 岡部 信彦: 海外渡航者・海外からの帰国者に対する予防接種, Medical Digest 47巻5号 P. 28-32
  2. 中野 貴史: 世界と予防接種 外国へ出かける人、外国から帰ってきた人への予防接種, チャイルドヘルス2巻5号 P. 343-346
  3. 金子 光延ら: 企業における海外勤務者胎動小児の健康管理支援, 小児保健研究 58巻4号 P. 527-533
  4. 高山 直秀: 診療に際して 海外渡航と予防接種, 臨床と薬物治療, 18巻1号 P. 26-29
  5. 加来 浩器: 「日本で市販されていないワクチンへの対応」, 海外勤務と健康 vol. 11, 2000/3 P. 9-11